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東京高等裁判所 平成元年(ネ)354号 判決

主文

本件各控訴及び本件各附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)らの各負担とする。

事実

一  控訴・附帯被控訴代理人らは、「原判決中控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)敗訴部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)らの請求をいずれも棄却する。本件各附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴・附帯控訴代理人らは、「本件各控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として、「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人は被控訴人片山政志に対し金一三八二万一四一二円、被控訴人石橋新一に対し金五〇万円及び右各金員に対する昭和五八年三月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、左のとおり追加・補正するほかは、原判決事実摘示第二と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三丁表八行目の「原告石橋は、」の次に「昭和四七年三月三一日東京教育大学文学部を卒業した後、日本国有鉄道等の勤務を経て、昭和五一年二月ころから出版関係のフリーの校正を業として働いていたが、」を加え、同裏一行目の「同伊関吾郎警部補」を「同伊関徳吾郎警部補」と改める。

2  原判決四丁表四行目の「任用する」を「本件事件当時任用していた」と、同六行目の「二七分」を「二五分」とそれぞれ改める。

3  原判決八丁表八行目の「事実」の次に「中(1)の事実、(2)の事実中、被控訴人石橋が昭和五〇年七月ころから共闘会議の構成員として活動していたこと」を加え、同九行目の「原告石橋」を「被控訴人両名」と、同一〇行目の「二七分」を「二五分」と、同裏二行目の「三〇分」を「二七分」と、同三行目の「である。」を「であり、被控訴人片山を逮捕した時間は、同時三〇分ころである。」とそれぞれ改める。

4  当事者双方の当審における主張を次のとおり加える。

(一)  控訴人の当審における主張

国家賠償法一条にいう「違法」といえるためには、国又は地方公共団体に損害賠償義務を負担せしめるだけの実質的な理由がなければならないと解される。

被控訴人らの行為は、本件逮捕事実である住居侵入罪及び強要未遂罪のみならず住居侵入未遂罪及び威力業務妨害罪の両罪にも該当するから、警察官らによる被控訴人らの逮捕には、国家賠償法一条に規定する実質的な違法を欠き、また、本件逮捕による被控訴人らの損害はない。

すなわち、警察官らが、本件事件当日の被控訴人らの行為を本件逮捕事実である住居侵入罪並びに強要未遂罪の両罪に該当しないにもかかわらず該当するものと誤認して逮捕したとしても、被控訴人らの本件事件当日の行為が少なくとも住居侵入未遂並びに威力業務妨害の両罪には該当し逮捕の必要性も存していたのであるから、いずれにしても右両罪で逮捕されていたというべきであって、このことからすれば、警察官らの本件逮捕行為は、国家賠償法一条に規定する違法を欠き、控訴人が被控訴人らに損害賠償責任を負担する実質的な理由はないばかりか、逮捕されたことによる損害も発生していない。

(二)  控訴人の当審主張に対する被控訴人らの答弁

控訴人の主張は、故意又は重大な過失によって時機に遅れて提出されたものであり、訴訟の完結を遅延させることが明らかであるから、民事訴訟法一三九条により却下されるべきである。

本件事件当日の被控訴人らの行為は住居侵入未遂並びに威力業務妨害の両罪のいずれにも該当しないし、仮に該当するとしても、警察官らの本件逮捕行為はまさに住居侵入既遂並びに強要未遂の両罪のみを理由としてなされたものであるから、控訴人主張のような理由で逮捕の違法性が阻却されるものではない。

三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も、当審における資料を含め本件全資料を検討した結果、原審の判断は相当である、と思料する。その理由は、左のとおり補正するほかは、原判決理由説示(原判決一六丁表二行目から三二丁表八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一六丁表二行目の「事実」の次に「中(1)の事実、(2)の事実中被控訴人石橋が昭和五〇年七月ころから共闘会議構成員として活動していたこと」を加え、同三行目の「二七分」を「二五分」と、同八行目の「甲第七号証の一」を「甲第七号証の二」とそれぞれ改め、同一一行目の「第二九号証の二、」の次に「第三五号証、」を、同裏四行目の「除く。)」の次に「、第五九号証」を加え、同五行目の「丸山警部補」を「丸山警部」と改め、同九・一〇行目の「同社社長」の次に「酒井信一」を加え、同一一行目から同一七丁表一行目の「社長一族である」を「右酒井の次女和子の夫で同社の経営には関与していなかった」と改める。

2  原判決一七丁表二行目の「押し掛けるなどしていたこと。」を「押し掛け、店舗内に入り込んで話し合いを要求し、杉山がこれを拒否しても執拗に団体交渉を迫り、宣伝カーのスピーカーを使って同店舗前や付近の住宅街で杉山を攻撃する活動をするなどしていたこと。」と改め、その次に行をかえて次のとおり加える。

「そして、昭和五一年四月三日、同月四日の両日には、共闘会議構成員らは、同店舗内に無断で立入ることにより、住居侵入、業務妨害等の行為におよんだこと。」

3  原判決一八丁表二行目の「ところ近く」を「付近」と改め、同一一行目の「こと」の次に「(その間に、笹谷警部らも現場に到着したこと)」を加え、同裏一行目から五行目までを次のとおり改め、同六行目の「できる。」を「でき、右認定を左右する証拠はない。」と改める。

「(七) 大橋警視及び笹谷警部の指示により、同日午後四時二七分ころ、伊関警部補、杉谷巡査部長及び星野巡査が、被控訴人石橋を、同時三〇分ころ、辻巡査、櫻巡査及び上口巡査が、被控訴人片山を、いずれも住居侵入及び強要未遂の現行犯として逮捕したこと。」

4  原判決一九丁表二行目の「四月二〇日」を「四月一〇日」と改め、同一〇行目、同裏七行目の「おいても」の次に「一貫して」をそれぞれ加え、同裏一〇行目の「第二九号証」を「第二九号証の一」と改める。

5  原判決二〇丁表八行目、同裏一一行目の「甲第七号証の一」を「甲第七号証の二」とそれぞれ改める。

6  原判決二〇丁裏一一行目から二一丁表一行目にかけての「第八号証の二、」の次に「第一五号証の二、」を、同二一丁表一行目の「第一八号証の二、」の次に「第二〇号証の二、第二一号証の二、」をそれぞれ加え、同二・三行目の「第四号証の二」から同四行目の「二一号証の二及び」までを削り、同五行目の「各証言」の次に「(いずれも後記信用しない部分を除く。)」を加え、同七行目の「午後四時ころ、」を削り、同八行目の「構成員らが、」の次に「昭和五一年四月一〇日午後四時ころ」を加え、同九行目の「一貫」を「一環」と、同裏二行目の「待機してした」を「待機していた」とそれぞれ改める。

7  原判決二二丁表八行目の「到着直後である」を「到着し、弁慶店舗前に押し掛けた」と改め、同一一行目の「こと」の次に「(前掲甲第二一号証の二、第六〇号証によれば、右テープレコーダーによる録音テープには、録音開始時刻につき午後四時二〇分ころとの確認問答が収録されていることが認められる。)」を加え、同裏一行目から同七行目までを次のとおり改める。

「(5) 右テープレコーダーには、杉山が、録音開始から約一分二〇秒間にわたって、被控訴人ら構成員らに対し『出てって下さい。営業妨害ですよ。』等と連呼する発言が収録されており、録音開始後三分二〇秒から約三分三〇秒間にわたって『帰れ。』等の発言が収録されているが(右杉山の発言は、警察の事前の指導にもとづく退去要求を明示するための意思表示であることが窺われる。)、被控訴人らの店舗侵入の場面を直接的に想像させるような自然発生的な音声や物音は収録されていないこと。」

8  原判決二三丁表八行目から同二四丁表一行目までを次のとおり改める。

「(7) 被控訴人ら共闘会議構成員らは、当日弁慶店舗付近には、従前と異なり、既に多数の私服又は制服警察官が配置されて威圧的な異様な雰囲気であったので、比較的慎重な行動をとっていたこと。

(8) 混乱が生じた際、杉山は、店舗内に後退したことはなく、店舗入口付近に立ちはだかったままの状態であったこと。

以上の事実が認められ、混乱時に杉山が共闘会議構成員らに弁慶店舗内に押し込まれた旨の記載のある甲第四号証の二、第五号証は前掲証拠に照らして採用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。」

9  原判決二四丁表二行目の「以上からすると」を「以上の認定事実を前提とし、これとの関連を考察し、比較検討すると」と改め、同八行目の「右事実に照らし、」を削り、同裏七行目の「位置で原告らが侵入したことを現認した」を「位置から共闘会議構成員らの背中越しに被控訴人らが同店舗内に侵入し滞留している状況を目撃することができた」と、同一〇行目の「一分」を「一分間」とそれぞれ改める。

10  原判決二五丁表四行目の「以上より」を「以上の考察によれば」と、「原告両名は」を「被控訴人両名が」と、同裏二行目の「検討するに、」を「検討する。」とそれぞれ改め、同行目の「前記1で」から同九行目の「ない。」までを削り、同二行目の次に行をかえて次のとおり加える。

「ところで、警察官の誤認逮捕が適法であるか否かについては、逮捕当時の具体的な状況の下で、警察官が被疑者を現行犯として逮捕したことに合理的な理由があったかどうかを判断すべきものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると、警察官が住居侵入と誤認した行為は、前記1において認定したとおり、必ずしも偶発的なものではなく、昭和五一年四月三日、同月四日にも同種行為が反復されて本件逮捕当日も同種事案の発生することが予想されていたこと、そのため本件逮捕当日は同種の犯罪の発生を予期して本庁公安二課の応援も得て警察官らはあらかじめ弁慶店舗付近に多数待機し、検挙、採証の準備をしていたことが明らかであるところ、前記2(三)の各証拠によれば、本件逮捕の時刻は午後四時二七分、同時三〇分であって夕刻とはいえ十分明るかったこと、弁慶店舗の出入口は一箇所にすぎずその内外の境界は明確であったこと、本件逮捕現場においては、警察官らと共闘会議構成員らとが対峙し大勢が押し合うような状況にあったとはいえ、多人数が入り乱れて著しく混乱した状況とまではいえなかったこと等が認められるのであるから、逮捕現場において、前記弁慶店舗への侵入の有無について正確な現認が可能な実情にあったことに照らすと、本件逮捕については、前記のとおり複数の警察官が被控訴人らの所為を住居侵入と誤認したことをやむをえないものとする合理的理由に乏しく、右警察官らの本件観察任務の遂行には過失があったといわざるをえない。」

11  原判決二六丁表一行目の「いずれにも」を「いずれについても」と、同四行目の「さらに」を「更に」と、同裏五行目の「弁論の全趣旨より」を「弁論の全趣旨によれば」と、同九・一〇行目の「なして」を「して」と、同一一行目の「いって」を「発言して」とそれぞれ改める。

12  原判決二七丁表四行目の「いつた」を「発言し、その旨を挙動によって明確に告知した」と改め、同五行目の「被告は、」から同七行目の「しても、」までを削り、同裏一行目の「推認される」を「いうべきである」と改める。

13  原判決二八丁表七行目の「作成を、」の次に「逮捕行為とは」を、同一一行目の「大門巡査部長、」の次に「野島巡査部長、」をそれぞれ加える。

14  原判決二九丁表五行目の「右警察官らが」を「右警察官らは」と、同六・七行目の「侵入していないことを認識していたとは認められない」を「侵入したとの認識を有していた」とそれぞれ改め、同七行目の「同人らが、」の次に「右認識にもとづいて」を加え、同裏八行目の「巡査が」を「巡査によって」と、同九行目の「星野巡査が」を「星野巡査によって」と、同行目の「なした」を「なされた」とそれぞれ改める。

15  原判決三〇丁裏八行目の「両名が逮捕」の次に「及び」を加え、同九行目の「相当因果関係にある」を「相当因果関係がある」と改める。

16  原判決三一丁表一一行目の「総合的に」の次に「裁量」を加え、同裏九行目の「相当因果関係にある」を「相当因果関係のある」と改める。

二  控訴人の当審における主張に対する判断

控訴人は、当審において、警察官らが被控訴人らの所為を、住居侵入罪並びに強要未遂罪に該当しないにもかかわらずこれを該当するものと誤認して逮捕したとしても、被控訴人らの右所為は少なくとも住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪に該当し被控訴人らは右両罪で逮捕されても然るべきであったことからすれば、控訴人が被控訴人らに賠償責任を負担する実質的理由はない旨主張する。

被控訴人らは、控訴人の右主張は時機に遅れたものであると主張するけれども、本件訴訟の経緯に照らし控訴人の右主張が直ちに時機に遅れたものということはできない。

被控訴人らの本件逮捕当日の所為は、前記認定の事実によれば、多数の警察官の面前で弁慶店舗入口前において杉山と対峙し、警察官と押し合う状態にあったというにとどまるものであって、住居侵入罪について未だ実行の着手があったということはできないし、威力業務妨害についても、被控訴人らが杉山らに対し人の意思を制圧するに足りる勢力を用いたということはできず、他に右両罪の成立を認めるに足りる証拠はないから、本件逮捕当日の被控訴人らの所為が住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪に該当するということはできない。

よって、右両罪の成立を前提とする控訴人の主張は理由がない。

なお、仮に、被控訴人らについて、住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪が成立していたとしても、本件誤認逮捕は違法というべきである。すなわち、住居侵入罪と住居侵入未遂罪、強要未遂罪と威力業務妨害罪とはいずれも別個の犯罪構成要件であって、本件については、逮捕警察官らが被控訴人らの所為を、その構成要件該当事実がないにもかかわらず住居侵入罪並びに強要未遂罪に該当する事実があるかのように誤認したことが本件逮捕の違法性を決定するものであるから、被控訴人らの所為を住居侵入罪並びに強要未遂罪に該当すると認定しこれが誤っていた以上、仮に住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪に該当する事実があったとしても、逮捕警察官が被疑事実の認定を誤ったことにかわりはなく、結局、右事実によって直ちに本件逮捕の違法性が阻却されるものではないというべきである。そして、本件全証拠によっても、本件逮捕当時、逮捕警察官らが被控訴人らの所為について住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪に該当する事実を認定していたことは認められないのであるから、被控訴人らが住居侵入未遂罪並びに威力業務妨害罪によって逮捕される可能性はまったくなかったものであって、右可能性を前提とする控訴人の主張は、いずれにしても失当というべきである。

三  以上の次第で、被控訴人らの請求は、それぞれ金五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年三月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきところ、同旨の原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、本件各附帯控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉卓哉 裁判官 大島崇志 裁判官 土屋文昭)

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